賢者の石が生んだ酒
リキュールってどんな酒を指すのかご存じでしょうか。知ってるような知らないようなリキュールについてのお話。
リキュールというお酒のカテゴリーがあります。例えるなら、ウイスキーというカテゴリーがあってその中にスコッチウイスキー、バーボンウイスキーがあり、その産地や原材料は多岐にわたります。
リキュールを定義するのは、甘味とアルコールとフレーバー(薬草や果実など)。今日はリキュールのなかでも歴史の古い薬草酒についてです。
リキュールの歴史は11世紀までさかのぼります。
錬金術師たちが「賢者の石」(philosophers’ stone: 卑金属を貴金属に変える力をもつと考えられた物質のこと)を探求する過程で蒸留酒が生まれます。かれらはこの蒸留酒をAquavitae(生命の水)と呼び、薬草を漬け込んで更なる霊酒を作ろうとします。これがリケファケレ(liquefacere:「溶かし込む」という意味のラテン語)でリキュール(liqueur)の語源となりました。
さて、薬草の効能があるとされたリケファケレは「賢者の石」を作る際の触媒となる霊薬エリクシル(elixir:アラビア語のアルイクシールal-iksīrが由来)として知られるようになり、薬草酒の原形となります。
11世紀~14世紀にかけて錬金術はヨーロッパ中に広がり、修道院でつくられた薬草酒はエリクシルと呼ばれました。1346年黒死病が蔓延した際には、エリクシルは貴重な薬品とされたとか。
今も残るエリクシルの古くは、1510年にフランス・ノルマンディー地方の修道院で生まれたエリクシル ―― ベネディクチンと言われています。当時ベネディクチンは不老の薬酒として称賛されました。修道院ではこのエリクシルを病いに悩む信者や、旅人の疲れを癒すために支給したそうです。
現在も厳しい戒律を守り作られるこのお酒はBenedictine D.O.Mと呼ばれ、多くの歴史的・経済的問題を乗り越え、「至善至高の神に捧ぐ(”Deo Optimo Maximo”)」リキュールとして守られています。
同じ頃、フランス宮廷内ではリキュールは甘美で悦楽的な媚薬となっていきます。次第に民衆のあいだにもリキュールは知られていきました。1575年にはオランダで、最古のリキュール・メーカーであるボルス(Bols)社が創設されます。世界で初めて企業として、キャラウェイ、クミンで香りづけされた「キュンメル」というリキュールを商品化しました。これに続きヨーロッパでは様々なリキュールが発売され、オレンジリキュールの「コアントロー」などベストセラー商品が誕生しました。世界は大航海時代でもあり、ヨーロッパには植民地から輸送されるスパイス、フルーツ、砂糖があふれ、リキュールは裏山で採れた薬草の酒エリクシルから近代的な美味しさを追求した酒に大きく変化していきます。医学の発展によってエリクシルの効果も必要とされなくなり、リキュールは嗜好品としての役割を果たしていきます。
19世紀以降、ご存知のように世界の各都市でカクテルが飲まれるようになり、リキュールは食後の時間を華やかなものにしてくれます。食後のデザートの代わりに、ベネディクチンを小さなグラスでそのまま、少しずつなめるように飲んでみてください。ずっと昔、神に祈りを捧げるようにこの酒を飲み、救われた人たちがいます。尊く、人知を超えた優れたお酒なのです。
なりた
街路(GAIRO)
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