etwas Neues

Find something new!

お酒ものがたり◆裁判になった赤い酒

こんばんは。なりたです

寒さがこたえる毎日ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。今回は裁判になったカクテルのお話です。

裁判になった酒

ダイキリ

ホワイトラム 2/3
ライムジュース 1/3
ガムシロップ 小さじ1

バカルディカクテル

バカルディホワイトラム 2/3
ライムジュース 1/3
グレナデンシロップ 小さじ1
*グレナデンシロップ:ザクロの果汁と砂糖からなるノンアルコールの赤いシロップ

どちらもシェイクしてカクテルグラスに注ぐと出来上がりです。

内容的にはほぼ似たカクテルで、違いは色が白いか赤いかくらい。ただしバカルディカクテルは、バカルディ社のラムを使う事が指定されています。このカクテルこそ、バカルディ社がカクテル名をかけて裁判を起こしたお酒なのです。

バカルディホワイトラム

ライトでスムースなラムを作るバカルディ社は、1862年スペイン支配下のキューバで誕生します。一足先にイギリスから独立した(1783年)隣国アメリカでは、ラム酒といえば「ヘビーで安価な酔っぱらいの酒」であり、禁酒を訴える人たちからは目の敵にされていたお酒でした。

キューバもヨーロッパからの独立を図るべく、1868年から10年に渡ってスペインと戦いますが(第一次独立戦争)鎮圧され、十数年後に再びスペインに戦いを挑みます(第二次独立戦争、1895年)。その頃ヨーロッパ強国に負けじと海外に経済市場を広げていたアメリカは、キューバの独立を支援するためこの戦いに介入します(米西戦争、1898年)。

キューバに送り込まれたアメリカ兵たちは、ここでラムにライムジュースを加えたカクテルに出会うのです。

*****

バカルディラムを使うからバカルディカクテル。キューバのダイキリ鉱山の労働者が飲んだ、鉱山の赤い山肌を表した赤いダイキリ。この頃、赤も白も入り交じりダイキリとバカルディカクテルはあまりはっきりと区別されず、口伝えに広まった曖昧なカクテルだったようです。

アメリカで禁酒法が施行された1920年頃、ライトなラムにライムを加えたカクテルが、カリブ海からゆっくりゆっくりと世界に伝わっていきました。アメリカ国内でも密かに南部から北部へとカクテルが広まり、グレナデンシロップを抜いたカクテルを「ダイキリ」と呼び定着していきます。

禁酒法解禁(1933年)後は、多くの酒造メーカーがアメリカに酒を売り込んできました。古株のバカルディ社はこれに対抗すべく、ロビー活動の一端としてニューヨーク高裁に訴状を持ち込みます。1936年4月28日、バカルディカクテルはバカルディ社のラムで作るべし、との判決が下され、グレナデンシロップを入れた赤いダイキリは裁判所公認の「バカルディカクテル」となりました。

日本ではザクロが冬の間に流通します。バーでは、小さな実をかきだして作るフレッシュのザクロジュースをグレナデンシロップの代わりに使うこともあります。いつものダイキリと趣を変えて、バカルディカクテルチャレンジしてみてくださいませ!

なりた

この時期は赤いダイキリにチャレンジを!

街路(GAIRO)

〒101-0051 東京都千代田区神田神保町1丁目2−5(都営地下鉄三田線・新宿線、東京メトロ半蔵門線【神保町駅】から徒歩3分)

電話:03-3518-9168(営業日・時間はお店に直接お尋ねください)

次へ 投稿

前へ 投稿

© 2024 etwas Neues

テーマの著者 Anders Norén