今回も、1月10日に行われた講演会「お産と共感」でのお話をつづきを。
登壇者二人目は行動神経学を研究されている菊水健史先生のお話です。菊水先生は、オキシトシンというホルモンが哺乳類共通の「絆」をつくるカギとなっていることを解説してくださいました。
「母子との間の絆には、共感性の起源があります。たとえば、赤ちゃんの泣き声や視線は大切なアタッチメント(愛着)行動です。これによってお母さんが近づいてくるからです。同じ霊長類でもチンパンジーやゴリラの赤ちゃんは、お母さんに片時も離れずしがみついているので泣く必要がありません。ところが人間の赤ちゃんは、泣いて存在をアピールしなければお母さんに気付いてもらいません。じつは、子だくさんのマウスも、人間と同じように子マウスが泣きます(ただし超音波での鳴き声ですが)」
「お母さんの、泣き声に対する行動は、経験やホルモンによって起こります。母親になると「オキシトシン」というペプチドホルモンの一種であるホルモンが上昇します。これはおっぱいを出したり、子宮の収縮(分娩促進)を起こすホルモンです。ちなみに、オスにはテストステロンというホルモンが多く、これは母性をつかさどるオキシトシンを抑制してしまいます。そのため「お父さんはお母さんよりも子育てが下手」なのです」
「おっぱいをあげることで母親のオキシトシンは上昇し、養育行動が起こると子どものオキシトシンも上昇するということがわかっています(愛着行動はここからうまれます)。これによって母と子のあいだに「絆のループ」ができあがります。このループは、母から子へ、そして子が母になったとき、またその子へと、世代間でつながっていくものです」
「オキシトシンによる「絆」は、ヒトとイヌという異種間でも効果があります。イヌと飼い主を一緒にしてその前後で尿内のオキシトシンの濃度を測ったとき、飼い主をよく見るイヌ(Long Gaze, 150秒)はオキシトシンが上昇、よく見ないイヌ(Short Gaze, 50秒)はオキシトシンに変化が見られないことがわかりました。ヒトとイヌの視線は、ヒトとヒトのものと非常に近いのです。オキシトシンを介した絆で結ばれているからです」
「心が揺れ動いたときの涙や、不安感もオキシトシンが関係しています。母子間の絆を壊した場合はどうでしょう。ふつう、マウスは生後21日で離乳しますが、それよりも早く14日で離乳させると、子マウスに不安が上昇することが分かっています。不安が募った子マウスはどうなるかというと、社会行動が減少してしまうのです。また、苦痛のシグナルを出す相手に対して、なぐさめる動物のグルーミングという行為は、オキシトシンが機能することで行われます。 涙は仲間に対してケアしてほしいという信号です。 相手が痛みで泣くと、自分のオキシトシンが増えるのです。
動物の群れ(社会)は 共感性・情動伝染といった「絆」によって成り立っているのですが、この「絆」形成の重要な役割を担うのがオキシトシンであり、オキシトシンを増やすために不可欠なのが母子間のつながりなのです」
登壇者の三人目は、オランダ人霊長類学者のフランス・ドゥ・ヴァール先生による、動物と人間の感情についてのお話です。
「19世紀、ダーウィンが「進化論」を発表して以来、西洋ではこの「進化論」と「動物が人間のような感情を持つ」という考え方がタブーとなりました。「気持ち」というものは内的なものですから、ヒトからヒトへ、言語を介して説明しなければどういったものか理解できないと言う考えにはわたしも賛成です。ですが、感情についてはどうでしょうか」
「 チンパンジーと人間は同じ骨格を持ち、それぞれが同じ機能を持ちます。ところが人間に近い種の場合、人間に似て非だ、と言われてきました。現に自分が学生のときは「チンパンジーの「キス」は、ヒトの「キス」とはちがうものだから「口と口の接触」と言うように」と習いました。ところがボノボのフレンチ・キスは性的な絆を示しますし、チンパンジーのオス同士がケンカのあと再会したなかでするキスは仲直りの絆です。これはヒトと同じ(「相同性」Homology)と言えます。
「「顔」は心の窓と言われています。顔にはさまざまな筋力があり、複雑な動きをしますが、かつて人間には6つの基本感情がある、と定義されました。「悲しみ」「怒り」「喜び」「怖れ」「不快」「驚き」の6つです。わたしは、この人間と同じ数の情動を、動物も持っていると思っています」
「動物にも「笑い」があり、冗談が好きなのは人間だけではありません。相手からだましとるときのチンパンジーの笑い、人間の手品を見て笑うオランウータン、どれも人間と同じです。ある哲学者が「人は笑うべきではない」と言いました。笑いは非常に動物的でコントロールできなくなるから、言葉で表現すべきだ、と」
「人間の特性とはなんでしょう。①現在のみでなく未来・過去を捉え②衝動を抑えることができ③嫌悪感をもつことができる、という定義があります。しかし、わたしはそれには反対です。①については、チンパンジーは過去の体験から相手を許したり、未来を読んで道具を使うことができますし、②については目の前に置かれているお菓子を我慢するテストで、人間の子どもと同様に、チンパンジーも我慢ができること、③については雨に手が濡れるがのいやなチンパンジーや、糞のついたバナナを食べないボノボの行動から分かります」
「他人の感情を理解するのも同じこと。ママというチンパンジーが最後に見せた行動をおみせしましょう。亡くなる間際のママは、長年にわたって交流のあった教授がやってくると「共感」を見せたのです」
「このように、わたしたちの持つ感情で特殊なものはなにひとつなく、ほかの種のなかでも見つけることができるのです」