きょうは、朝日新聞で「文学賞の審査」について書かれた、作家の小野正嗣のエッセーを紹介しましょう。
人はどのようなきっかけで小説と出会い、それが読みたくなるのか。
2019年6月26日朝日新聞朝刊より
小野さんからの提案は「文学賞」。小野さんご自身がかなり頼りになさっているのが、イギリスのブッカー賞だそうです。
カズオ・イシグロも歴代受賞者に名を連ねるこの文学賞は、2014年からイギリスや英連邦諸国だけでなく、国籍を問わず英語で書かれた全世界の小説を対象とするようになった。
母集団が非常に大きくなったブッカー賞は、受賞作はもちろん、最終候補作の質の高さも期待ができるものだ、と小野さんは続けています。
また、ブッカー賞の双璧をなすのが、アメリカ最高の文学賞であるピュリッツアー賞でしょう。この英米の文学賞の質の高さ、そして公正さや多様性は、独立した組織が主催していることにも関係があるのだろう、と小野さん。
出版社が主催のことが多い日本の文学賞では、審査は常連の作家たちが行うことが多いのですが、ブッカー賞とピュリッツアー賞は審査員が毎年入れ替わり、その顔触れは作家だけではなく、編集者・批評家・研究者など多彩です。
毎回、まったく異なる視点や文学観がぶつかり合い混じり合うからこそ、選ばれる作品が面白くなる。
本書は、ブッカー賞がまだイギリス本国と英連邦諸国国から選出されていた20世紀から21世紀の現在までの受賞作品を中心に紹介しています。国が違うだけに題材も多彩なブッカー賞。たとえばユダヤ系作家の作品を読めば、当然、イスラエルとパレスチナ人の対立を考えますし、南アフリカ出身の作家を読めば、南アフリカの種族の対立が分かります。
小野さんも「読みたかった」と言っているのは、本書でも紹介されている2015年受賞、ジャマイカ出身の作家マーロン・ジェームズ(Marlon James, 1970- ) の作品 A Brief History of Seven Killings (2014)(現在、早川書房から『七つの殺人に関する簡潔な記録』というタイトルで出版されています)。
ジャマイカ人のよりどころ、レゲエ(音楽)とラスタファリ(宗教)を軸に、白人支配からの脱却を目指した70年代のジャマイカ社会で起きたある事件を軸に、複数の語り手の物語から真相を探っていくという複雑な構成です。